32
757 days ago
【かいわいの史跡】「天満青物市場跡」(北区天満三丁目 南天満公園)大阪市史跡顕彰碑 No.14(1960)=2012年9月26日撮影
江戸時代、大坂は三府(江戸、京都、大坂)の一つとされ商業都市として栄えていた。その中で堂島の米市場、雑喉場の魚市場と並んで三大市場のひとつとされ、青果物(果物・野菜)の取り扱いを独占していたのがこの市場である。もともと青物市場は石山本願寺の辺りにあったが、豊臣秀吉による大坂城築城の頃から二転三転し、1635年に天満へ移転されたとされている。その後、堀江や難波に出来た野菜市などとも競合するようになったが、天満青物市場は長らく官許の市場として繁栄を続けた。1685年当時は54軒の問屋を有し、1772年には株仲間の開設を公認された。明治・大正になっても大阪市一の青物市場として栄えていたが、1931年(昭和6年)に大阪市中央卸売市場が設立されて廃止となった(ウィキペディア)。Googleマップ→http://goo.gl/maps/EeZuw
【関連記事】「淀川の川船戦争」http://www.hachikenya.org/main/#/10064

0 Comments
Realtime comments disabled