Keiko K

@keiko_milky

旅好き・グルメ好き・美術館めぐりが好きな既婚の薬剤師です。 現在は某大学医学部の研究室の 非常勤研究員です。 気ままに思いついたことつぶやいてみたいです。☆

録画していた「100分で名著『ツァラトゥストラ』」をまとめて観る。
難しいと思っていたニーチェが身近に感じられた。
http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/01_nietzsche/index.htm

キーワードは「ルサンチマン」「運命愛」「永遠回帰」「超人」

ニーチェ自身、若いころ人を深く愛し、そしてその想いかなわず、
苦悩の中からこの『ツァラトゥストラ』を書いたのですね。

彼の生きた時代に カソリックの権威が強いドイツで「神は死んだ」と言い放ったニーチェ。

まさに当時の価値観からすれば ボッシュの絵のように、
「阿呆船」に乗った狂人とみなされてもしかたなかったのかもしれないなと思った。

「超人」の思想を説きながら、自らはまた梅毒に苦しみ、そして精神を病む。

第四回の 特別ゲストで 精神科医の斉藤環先生が、
番組でメイン講師の 西 研先生(東京医科大学教授でニーチェ研究の一人者)とは
違った「超人」の解釈をされていたのが面白かった。

西先生の「超人」観はひととの関わりのなかで切磋琢磨して
その中で「超人」となるという見解。
反対に斎藤先生は孤高の中でこそ「超人」となっていくという見解。

どちらが正解なのか?
私の中で「超人」とはやはり「孤高の人」というイメージがつきまとう。

研究などに没頭しているときは、人との関わりはもちろん必要だが、
やはり「孤高」の中に身を置くことにより、何か研ぎ澄まされたインスピレーションが生まれるという気が私はする。

ニーチェの著作と深く関わってこられた哲学者と精神医学者のお二人の見解が分かれているところも、興味深い。

実際タイムマシンに乗って、ニーチェ自身に確かめてみたい気がする。

偶然、3年前 フィレンツェの大聖堂ドーモの一番上のクーポラに上ったとき
斎藤環先生とお逢いして、少しお話をさせていただいたことがあったので
そのことを想い出してしまった。

「僕はここから眺めるのが好きで、フィレンツェに来るとここに登るのです」
とおっしゃったのが印象的だった。

先生もまたどこか「孤高の人」という印象だったからだ。

先生の著作「生き延びるためのラカン」を読んで以来ファンだったので、
本当はお写真を一緒に撮りたかったのに、
さすがに私と言えどもその神聖なる場所で、
そんな佇まいの先生に対してお願いはできなかった。

最後にニーチェの言葉でしめくくりますね。

人は愛することができない場合には、
そこを—しずかに通り過ぎるべきなのだ

   (ツァラトゥストラ 第三部 『通過』より )

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1197 days ago

録画していた「100分で名著『ツァラトゥストラ』」をまとめて観る。
難しいと思っていたニーチェが身近に感じられた。
http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/01_nietzsche/index.htm

キーワードは「ルサンチマン」「運命愛」「永遠回帰」「超人」

ニーチェ自身、若いころ人を深く愛し、そしてその想いかなわず、
苦悩の中からこの『ツァラトゥストラ』を書いたのですね。

彼の生きた時代に カソリックの権威が強いドイツで「神は死んだ」と言い放ったニーチェ。

まさに当時の価値観からすれば ボッシュの絵のように、
「阿呆船」に乗った狂人とみなされてもしかたなかったのかもしれないなと思った。

「超人」の思想を説きながら、自らはまた梅毒に苦しみ、そして精神を病む。

第四回の 特別ゲストで 精神科医の斉藤環先生が、
番組でメイン講師の 西 研先生(東京医科大学教授でニーチェ研究の一人者)とは
違った「超人」の解釈をされていたのが面白かった。

西先生の「超人」観はひととの関わりのなかで切磋琢磨して
その中で「超人」となるという見解。
反対に斎藤先生は孤高の中でこそ「超人」となっていくという見解。

どちらが正解なのか?
私の中で「超人」とはやはり「孤高の人」というイメージがつきまとう。

研究などに没頭しているときは、人との関わりはもちろん必要だが、
やはり「孤高」の中に身を置くことにより、何か研ぎ澄まされたインスピレーションが生まれるという気が私はする。

ニーチェの著作と深く関わってこられた哲学者と精神医学者のお二人の見解が分かれているところも、興味深い。

実際タイムマシンに乗って、ニーチェ自身に確かめてみたい気がする。

偶然、3年前 フィレンツェの大聖堂ドーモの一番上のクーポラに上ったとき
斎藤環先生とお逢いして、少しお話をさせていただいたことがあったので
そのことを想い出してしまった。

「僕はここから眺めるのが好きで、フィレンツェに来るとここに登るのです」
とおっしゃったのが印象的だった。

先生もまたどこか「孤高の人」という印象だったからだ。

先生の著作「生き延びるためのラカン」を読んで以来ファンだったので、
本当はお写真を一緒に撮りたかったのに、
さすがに私と言えどもその神聖なる場所で、
そんな佇まいの先生に対してお願いはできなかった。

最後にニーチェの言葉でしめくくりますね。

人は愛することができない場合には、
そこを—しずかに通り過ぎるべきなのだ

   (ツァラトゥストラ 第三部 『通過』より )

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