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1209 days ago
#aomorist 昭和38年頃に撮影された青森高校三四郎池である。現在では、ややこじんまりとしているような。名前の由来をご存知の方、教えてくだサーイ。思いつくのは、東大の三四郎池?藤巻健二氏在学中の時の写真です。
明治期以後の青森県内の街並・建物・風景写真に関心があります。新たに、「青森古写真研究所」を立ちあげました。 また、「青森空襲を記録する会」理事、「青森県民芸友の会」事務局員としても活動しています。
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1209 days ago
#aomorist 昭和38年頃に撮影された青森高校三四郎池である。現在では、ややこじんまりとしているような。名前の由来をご存知の方、教えてくだサーイ。思いつくのは、東大の三四郎池?藤巻健二氏在学中の時の写真です。
6 Comments
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nishimdouhoku 1106 days ago
名前の由来は知りませんでしたが、やはり東大の三四郎池なんでしょうね。昭和40年代中盤に同級生とデートした時とほぼ同じ印象
aokomaki 1202 days ago
三四郎池の名の由来については、東大出身の教師が最高学府にある三四郎池にならって、青森県一の学校を目指して欲しいとの気持ちを込めて、呼んだのが始まりとも言われています。勿論、別な説もありますが・・・。心の漢字の形をした「心字池」
aokomaki 1202 days ago
この池の場所は、現在地とは違っていて、歩兵第五連隊時代にあった場所と同じようだ。生徒たちが佇んでいるあたりが青森高校敷地東端で、すぐ隣接して南北に走る農道、そして水田。この水田部分は、現在、桜川団地になっている。南から北方向を写した写真
aokomaki 1208 days ago
藤巻さんの在学中ですから、昭和26年頃ですね。ゴメンナサイ。
aokomaki 1208 days ago
池の水はどこから供給されたのでしょうね?歩兵第五連隊時代には、この池は?色々と、謎は多いw
tsubomi_cocomiu 1209 days ago
そういえばやや広く見えますね。白樺並木や桜大通りやテニスコートはないように見えます。